徒花
「でも、やっぱ違ったんだよ。千夏と、あの頃のようには戻れない。俺が好きなのはマリアなんだよ」


最低だ。

本当にろくでなしだ。


唇を噛み締めたのに、今更になって、涙が溢れてくる。



「ごめんな。許してよ。俺またお前の煮物が食いてぇよ」

「ふざけないでよ!」


ドア越しに叫んだ。



「あっちがダメだからこっちってわけ?! ほんと、ふざけんじゃないわよ! 私のこと何だと思ってるのよ!」

「愛してる」

「聞きたくない! 帰ってよ!」

「開けろよ。じゃなきゃ、俺ずっとここにいるよ」

「勝手にすればいいじゃん! 顔も見たくない!」

「泣いてんの? 開けてよ。ちゃんと謝るから」


謝ってほしいわけじゃないのに。

ただ、見え透いた嘘を並べ立ててほしかっただけ。


なのにコウは、悲しそうな、だけど必死そうな声を出す。



「俺、お前じゃなきゃダメなんだよ。もう、マリアしか愛せない」

「………」

「なぁ、今から旅行に行こう? あのパンフレットのとこ。他にもいっぱい、色んなとこ、一緒に行こうよ」


グラつきそうになる。

それでも私は踏み留まったのに、



「あ、そうだ。結婚しよっか。先に籍だけでも入れてさぁ。式場とかドレスは、それからふたりでゆっくり選べばいい」

「………」

「マリアは世界で一番綺麗な花嫁さんになれるよ。で、俺も世界で一番かっこいい花婿だ。俺たちふたりなら、誰にも負けない」

「………」

「そんで、神様の前で誓うんだよ。一生愛し合います、って。指輪は、でっかいダイヤだな。どんなのがいい? 一緒に選ぼうよ」
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