徒花
ついにはコウは、お父さんの胸ぐらを掴みに掛かった。



「きゃあ!」

「コウ、やめて!」

「お兄ちゃん!」


止める私たち。

コウはそれでもお父さんを殴りつけようと拳を振り上げた、刹那、その腕が運悪く弟くんの頬を打った。


ドン、と倒れる弟くん。



「マサ!」


はっとしたお父さんは、瞬間、パンッ、とコウを叩く。



「出て行け! 貴様の顔など見ていたくもないわ!」


コウは悔しそうに顔を覆う。

そして、茫然としていた私の腕を引き、「帰ろう」と言った。


早足で玄関に向かう私たちを、追ってくる弟のマサくん。



「お兄ちゃん! 待ってよ、ねぇ!」


コウは足を止めたが、振り向かない。

頬を真っ赤に腫らしたマサくんは、それでも涙混じりに、



「この前の誕生日プレゼント、ありがとう! ぼく、すごく嬉しかった! お兄ちゃんのこと好きだから! 帰ってきてくれたのも嬉しかった!」

「………」

「お兄ちゃんがぼくのこと嫌いでもいい! それでもぼくはお兄ちゃんの味方だよ! お願いだからそれだけは忘れないで!」


コウは私の腕を強く握る。

その手はやっぱり震えていて、



「行くぞ、マリア」


マサくんの言葉に何ひとつ答えることなく、コウはドアを閉めた。

< 99 / 286 >

この作品をシェア

pagetop