風の吹かない屋上で
カラスが遠くで鳴いている。
さっき口直しに食べたミカン味の飴の色をした滲んだ夕焼けが目に痛い。
残した弁当が通学カバンの中でカタカタ揺れる。
俺が弁当を残すなんて珍しいからきっと母さんはびっくりするだろう。
「……はぁ」
適当に本屋に寄り、雑誌を読んだり漫画を見たりしているうちにだいぶ時間がたった。
家に帰るつもりだったのに寄り道とは恐ろしいものだ。
もうずいぶん前から建っているビルを見ながら、あれらはすべて人工物なのだとぼんやり思った。
ふと遥の言っていた言葉を思い出す。俺たちは星の数以上の生き物の犠牲の上で成り立ってるということ。
「それが何だっていうんだよ」
それじゃあまるで俺たちが悪いみたいじゃないか。
抵抗もできないような生き物を殺して食べる酷い奴みたいじゃないか。
ビルをぼんやり見つめていると人影が現れたのに気づいた。
昔から目の良さが取り柄だった俺は遠くのものでもはっきりと見える力強い視力を持っていた。
人だ。
人が、ビルの屋上にいる。
何をしているんだろう。
あんなところで、あんな風にうつむいて。
足をかけて、古いビルにありがちなささやかなフェンスを登っていく。
登っていく。よじ登っていく。
きっと、飛び降りる気だ。
一瞬、フェンスの向こうに立つあの日の遥の背中と揺れる黒髪がフラッシュバックした。
「……っ!」
鼓動が信じられないような早さで音を立てる。口の中がからからに乾いて、そのビルの人影しか見えなくなった。
人が、死ぬのは嫌だ。目の前で死なれるのは、どうしても嫌なんだ。
だから俺は走った。
周りの視線も、声も、音もみんな振り切って走った。