風の吹かない屋上で



駆け込んだビルの屋上は滲んだ夕陽がとても綺麗に見えた。
こんな状況じゃなければ、素直に感嘆の声をあげることができただろう。

「また自殺ゴッコかよ! いい加減にしろよ!」

頼りない背中に近づく。夕陽に飲み込まれそうな細い体に手を伸ばす。
黒髪が揺れる、揺れる
死んで欲しくないんだ、俺の目の前では。
だからあの日も止めたわけで。

「戻って来い。こっちに」

刺激しないようにゆっくりと近づく。
黒髪が揺れる。
あれ、遥はこんなに短い黒髪だったか?

違う。これは遥じゃない。
遥じゃない死にたがりがまだ、俺の近くにいたのか。

「あなたに何が分かるっていうの」

泣いているのだろうか、鼻声だった。

「俺にあんたは分からないけどあんたに俺が分からないのと同じだろ」
「もう疲れたの」
「だからって今ここで死ぬのは辞めてくれ」

頼むから、とフェンスを揺すった。
フェンスの向こうの奴は髪を耳にかけながら振り向いて俺を見た。

「……!?」

見慣れた顔。
肩で切りそろえられた黒髪。
俺はこの人の顔をずっとずっと前から知っている。



「……愛花姉ちゃん?」

あの日見せてくれた赤い傷がまた、俺の脳裏で弾けた。

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