風の吹かない屋上で


よく、人は死んでも誰かの心の中で生き続けるなんて陳腐な言葉があるけれど、俺の中の愛花姉ちゃんは昨日死んでしまった。

忘れたというわけではない。
心の中で死んでいるというのと、生きているというのは違う。愛花姉ちゃんはいま、安らかに眠っていて、俺はその上に白い花束を投げたところだ。

俺なりの弔いだし、俺なりの罪の意識の浄化……遥の言葉を借りればカタルシスだ。

俺は愛花姉ちゃんの死を上手に消化できないままこうして高校生になってしまった。


「終わった?」
「あぁ」

愛花姉ちゃんの家の墓は学校の最寄り駅から5駅ほど向こうに行った場所にある。

開発が進んだ俺の家の周辺よりまだだいぶ緑が残っていた。
了平や駿介を誘うのはどこか場違いな気がして、かといって1人だと押しつぶされそうな気がした俺は遥を誘って愛花姉ちゃんの墓参りにきた。

来る途中の花屋で、安いけど白くて綺麗な花を選んで、愛花姉ちゃんが好きだった水色の紙でくるんでもらった。

愛花姉ちゃんの墓石の前に来ると胸の当たりが重くなった。
買ってきた白い花を置いて、手を合わせる。
これでもう、生きている愛花姉ちゃんとはお別れだ。


「放課後に制服でお墓参りなんて、ずいぶんロマンチックなことするのね」

墓の近くにある木陰のベンチでジュースを飲みながら遥が言った。

「愛花お姉さんは一体どんな人だったの?」
「……綺麗な人だよ。繊細で、優しくて」

愛花姉ちゃんも手首のそれをやってたとさりげなく言った。
遥はしばらく自分の包帯を巻いた手首を見ると、それを空にかざした。

「私、悩まない人生って嫌いなの」

赤に侵食された包帯がきらきらと光って青空を反射する。

「考えない人生も嫌いよ」

嘲笑するかのように口角を少しあげた遥はふふ、と怪しく笑うと目を閉じて、樹々の揺れる音に耳をすませた。
俺も隣で目を閉じて耳をすませた。生きている音がした。

「翔太はきっと、たくさんの死をみてきたんじゃないかしら」
「……」
「図星でしょ?」
「……あぁ」
「教えて、ぜんぶ話して」
「…………」
「あなたが見てきた死を」

この時俺は確信した。
遥はきっと、人の死を知らない。

< 20 / 40 >

この作品をシェア

pagetop