風の吹かない屋上で
遥の部屋は離れにあった。
嫌味がさすほど豪勢な母屋とは違い、離れはひっそりと落ち着いて庭の池でコイが跳ねる音がよく響いている。
離れといっても遥の部屋は俺の部屋なんかよりだいぶ広く綺麗で、畳の良い香りがした。
「はい、緑茶」
「……いただきます」
落ち着かないお金持ちムードに空腹も引っ込みつつあったが、熱い緑茶を飲むと落ち着いた。
母さんに晩ご飯はいらないとメールを入れておく。
「友達が来てるって言っておいたから、そのうち晩ご飯を持って来てくれるわ」
「ありがとう」
まさか懐石料理が出てくるんじゃないだろうか。
健全な男子高校生があの量の晩ご飯で満足できるわけが無い。
しかし、お手伝いさんと思われる人が運んで来たものは、荘厳な家に似つかわしくないホットプレーとと麺とソースとその他もろもろだった。
焼きそばの材料だと一目で分かった。
どうやらセルフで勝手に焼いてくれということらしい。
「なんで……焼きそば?」
カーテンや布団に匂いがつくんじゃないかと思ったが、畳の防臭効果でさして問題では無いのだろうと納得した。
「炭水化物、タンパク質、食物繊維がちょうどいい比率で同時に摂取できる画期的な食べ物だからよ」
確かに麺、肉、野菜と栄養はたっぷりだし、嫌いなひとはあまりいないしで素晴らしい食べ物だと思う。
遥はホットプレートに油をしくと肉、麺、野菜の順番で投入し、二本のヘラを使って器用に焼き始めた。
もくもくと煙が上がり、開け放たれた襖から中庭へと逃げて行く。
できあがった焼きそばを皿に乗せると割り箸と紅生姜を渡された。
俺は紅生姜が嫌いなので割り箸だけを受け取る。
いただきます。
俺と遥は合掌して、食べ始めた。
「……いつも晩飯、1人なのか」
「ええ」
入ったときからあった部屋の隅に置かれた漆塗りの箱を見て違和感を感じていた。
さっきから様子を見ている限り、これに食器を入れるのだ。
いっぱいになったら廊下に出しておく。
するとお手伝いさんがとりにきてくれる。
案内されるときに気づいたが風呂もトイレも洗面所も全てが遥の部屋のある離れに揃えられている。
まるで離れだけが遥の居場所みたいに。