風の吹かない屋上で


遥は緑茶をつぎ足すと再び湯のみに口をつけた。

「たもとと私は腹違いで生まれたの。たもとが本妻、私が妾の子で」
「妾……」

いわゆる愛人のことだろうか。そんなドラマみたいな話が身近にあったなんて信じられない。
まぁ、愛人との子供がいつも公に出ていて良い存在ではないし、遥が離れに追いやられているのもそういうことだろう。

「当然のようにたもとが梶木家を引き継ぐことになるわ。たもとは幼い頃から当主になるための様々な教育を強いられてきた」
「……たもとがあーゆー風になっちまったのは、その教育のせいか」
「あとは折檻ね」
「折檻?」

せっかん、という聞き慣れない言葉に一瞬戸惑ったが、罰のことだと理解した。

「想像するのも苦しいくらい、すさまじい折檻よ」
「……」

遥は折檻についてはそれ以上何も言わなかった。きっと痛々しい話なんだろう。

「たもとはある日私の目の前で手首を切って自殺しようとした」

こうやって、と刃物で手首を切る真似をする。
いかにも淡々と話すその姿にさっきのたもととよく似た狂気を感じて、俺は一瞬遥が少し怖く見えた。

「致命傷には至らなかったけれど、たもとの身体も心ももう壊れかけていた。たもとが壊れるくらいなら、私が壊れたらいいと思ったの」
「……じゃあ、遥はたもとの代わりに手首を?」
「最初は、そうだった」

遥は目を伏せた。この部屋に来て初めて遥が見せた弱気な表情だった。

「今は、よくわからないの」

不安げな表情はさっきのたもととどこか似ていた。

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