風の吹かない屋上で
「ほれ、美由紀。これで仲直りってことでいいか?」
リビングでテレビを見ていた美由紀の目の前に、やる気のなさそうなピンクのウサギのぬいぐるみをぶら下げる。
美由紀は一瞬苛立ちを浮かべたが、すぐにぬいぐるみを取ると胸に抱きしめてこちらを睨みつけた。
「……こんなので許すと思ってる?」
「足りねぇんだったらまだあるぞ」
背中に隠して置いたピンクウサギの色違いの白ウサギを出すと、美由紀はまたそれを素早く奪い取り胸に抱きかかえた。
「……」
「足りねぇんだったらまだあるけど」
「まだあるの!?」
「うそだ、もー無い」
美由紀は呆れたようにため息を吐くと少し笑った。
「許してあげる」
「悪かった」
俺たちの仲直りはいつもこんな感じだ。
小さなことで喧嘩して、小さなことで仲直りする単純な関係だ。
「母さんと父さん帰り遅いね」
「お互い友達と飲みに行ってるみたい。元気だよね」
「雨降ってるのにな」
「えっ、雨降ってるってほんと?」
耳を引っ張ったり鼻をつんつんしたり遊んでいた美由紀はハッとして言った。
「え、父さんも母さんもタクシーで帰ってくるだろ」
「いや、父さんと母さんじゃなくて……」
美由紀の緊張具合からしてさっそく惚気話かと身構えたが、飛び出てきた言葉は予想外のものだった。
「さっき帰る途中駿介くん見たんだけど、なんかヤバそうな人たちに囲まれてた。……あたし怖くなって」
どくり、心臓が痛くなった。
「それ、いつの話だよ」
「ちょっと前だよ。悪い予感がする。…….駿介くんとてもぐったりしてたし、雨降ってるんなら助けに行ってあげたほうがいいんじゃないかな」
カーテンを開けて外を見た。
暗闇をひっかくようにして雨粒が容赦なく降っている。俺が帰宅した時よりもずっと雨足は強くなっているようだ。
「美由紀、駿介はどの辺で見たんだ」
「Y町のコンビニあたり」
返事を聞くと手早く服を着替えて傘を持って家を飛び出した。
Y町なら歩いて15分くらいで着くし、わざわざ土砂降りの中自転車を走らせる必要はないだろう。
大切な友達なんだ、放っておけるわけがない。