風の吹かない屋上で
雨音が徐々に強くなってくるのを素肌で感じながら、痛む上半身を無理やり起こした。
傍で泣いているソイツは小さなハンカチで俺の頬の血をぬぐった。
「大丈夫か」
「……ごめんなさいっ、ごめんなさい」
壊れたようにごめんなさいを繰り返すソイツの声は冷たい雨が消し去って行く。
力を入れて立ち上がろうとしたけどすぐにへたり込んでしまった。
腰と脚を激しく嬲られたせいか痛みを通り越して痺れのようなものに変化している。
顔は切り傷や擦り傷があちこちにあって傷口が濡れると染みて痛い。
雨が強くなる。濡れた制服が肌に張り付いて気持ちが悪いはずなのに、どこか安堵を覚えている自分が不思議だった。
「万引きなんて、すんじゃねぇよ。どーせ一緒にいた奴らにそそのかされたんだろ」
見た瞬間から場違いだと思ったんだ。
あんなガタイのいい奴らの中、白くてガリガリで背丈も小さい奴がいるなんて。
どこか気弱そうだし、俺も昔はそうだったからなんだか分かったんだ。
「俺もあの時無視してりゃーよかったんだけどな、はははっ」
数十分前、チビの細い手が戸棚の商品を取ろうとした瞬間、俺がその手を押さえたのがそもそもの始まりだった。
コンビニ店員として、癖になっていたのかもしれない。
バイトを終えたあとなのに、やけに仕事熱心なんだなぁ俺は。
万引きの手首を抑えた俺は、怯え切ったチビの表情よりも、後ろに構えてる下卑た奴らの態度に苛ついた。
面白いものを見る目をしている。
コイツらは、簡単に仲間を見捨てるだろうし、むしろ仲間の不幸を楽しむ奴らなんだろう。
そう思うと腹が立った。
俺に親切にしてくれる小さい頃からの友達2人が脳裏によぎって、あの2人の親友である俺が取るべき行動は一つだろうと腹をくくった。
自分のせいで目の前で誰かが殴られる、という事態に遭遇したチビは、あっさりとあんな奴らとの付き合いを捨て去ってくれた。
俺を殴った奴らはボロ雑巾のようにチビを突き飛ばすと早足で逃げて行った。
なに、ビンタに蹴りにパンチに根性焼きで誰かの為になれたんなら安いものだろう。
「泣くなよ、大丈夫だから」
「でも、僕のせいで……」
「へーきだって、早く家に帰りな」
ずぶ濡れになって涙か雨なのかわからないぐしゃぐしゃの顔でチビはひたすら俺に謝っている。
「ほんとにごめんなさい……」
雨がいっそう強くなる。痛いなぁ、こらからどうやって帰ろうかなぁとぼんやり思っていると、車のライトに照らされた見覚えのある奴が走ってきた。
「しゅっ、んっ、すけー!」
顔面がずぶ濡れて鼻水も垂らして息も上がってお世辞にもかっこいいとは言えない。
かっこ悪いのに、かっこいい。いつも俺は翔太をそう評価している。
お互い鼻水を垂らしている頃からの友達だからこそ分かるのだ。
翔太はいつだって誰かの為に必死になって悩んでくれる。
バカなんだかお人好しなんだか知らないが、翔太はストレートに誰かを助けてくれる。
だから俺はこいつを親友と呼ぶんだ。
「美由紀が、見たって、いうから!」
「息が上がってる、落ち着け」
「……っ、大丈夫か、駿介。それから、たもと」
チビは相変わらずの泣き顔で雨も混ざってよく分からない表情になっていた。
たもとというのか、このチビは。
「なんで、たもとがここにいんだよ」
「知り合いなのか」
「まぁそんな感じだ」
余分に持ってきてくれた傘を俺とたもとにさした翔太は安心したように脱力した。
「よかったぁぁ……もしかしたら死んでるかと」
「ばか、勝手に殺すな」
「ははっ、そーだよな。……まぁ聞きたいことは山ほどあんだけど、とりあえずどっか屋根のある所にいこーぜ」
さすがに再びコンビニにこんなずぶ濡れで入るのは気が引ける。傘をさして途方にくれていた時だった。
「……了平」
カッパと長靴の完全防備を施した了平が、バスタオルと傘を持って仁王立ちしていた。