風の吹かない屋上で
玄関に入るとポプリの香りがふわりと漂った。
雨に濡れた衣服の独特なカビ臭い匂いと混ざり合って、しかも男だらけなもんだから酷い有様だった。
「……とりあえず風呂入れ」
了平は長靴を脱いでレインコートをばしゃばしゃ降ると何処かに行った。
俺は靴下を脱いでタオルで足を拭いて、たもとにも同じことをさせた。
「あら、駿介くん、翔太くん……それからそこの子も、いらっしゃい」
「お邪魔します」
「お邪魔します、こんな遅くにすいません」
「おっ、お邪魔します……」
了平の母さんとは100回以上会っている。
俺の母さんが甲斐甲斐しくジュースやお菓子でお出迎えするのに対し、了平の母さんはいつもドライだ。
決して手抜きなのではない。
多感な俺たち高校生に余計な干渉をしないでいてくれているのだ。
そのドライさと放置具合がちょうどよくて、了平の家は変に心地がいい。
「お風呂入らないとね。こっちよ」
たもとの肩を小突いた。一瞬怯えた表情をしたたもとは戸惑っていたが、了平の母さんについて行った。
その後あまりにもびしょ濡れだったため俺と駿介は一旦服を脱ぎ、了平のパジャマに着替えた。
たもと用にもワンセットパジャマを用意した頃、何処かへ行っていた了平が姿を現した。
「あのガリは?」
「ガリじゃねーよ。たもとって言うんだあいつ」
ちょうどそこにたもとがパジャマを着て風呂から上がってきた。
「えっと、梶木たもとっていいます」
「まー、なんだ。とりあえず俺の部屋行っといてくれ、メシ置いてあるから」
了平はたもとに部屋の場所を教えると俺と駿介の肩に手を回して風呂場に引きずっていった。
「よくこうして風呂一緒に入ったよな、昔」
「あぁ、今じゃバスタブがきつきつだけどな」
「あの頃は3人入っても余裕だったのにな」
駿介がバスタブの外で頭を洗っている間、俺と了平は入用剤の緑の湯に浸かっていた。
男子高校生3人が一度に風呂となるとなんとも男臭い。
小学生の頃はよく3人で了平の家に泊まってその度に一緒に風呂に入っていたのだが、あの頃と比べたら大分成長したもんだ。
駿介がシャワーでシャンプーを流すと黙り込んでいた了平が口を開いた。
「夜に他校と遊んでる、っていうのは嘘か」
「……なんでそんなこと聞くんだ?」
「駿介、真面目に答えてくれよ。最近よく遊んでても抜けてくことが多かったよな。……それって、バイトか?」
了平が駿介を見る。シャンプーの残り泡がこめかみについていても、駿介は相変わらず男前だった。
「今まで黙ってて悪かった」
俺と了平を交互に見て、駿介は頭を下げた。
長い時間一緒にいたけれど、俺はこの時こんなに頭を下げる駿介を初めて見た気がする。
「……これからは、なんでも話せよ。俺たちだって伊達にガキの頃からつるんでねぇだろ」
ぽちゃん、と音がして天上の水が浴槽に落ちた。
シャワーを流すのに紛れて駿介が少し泣いたのを、俺は見逃さなかった。