風の吹かない屋上で
愛花姉ちゃんは俺より8つ歳上のいとこのお姉ちゃんだった。
会えるのは年に3回ほどだったけれどそれでも愛花姉ちゃんの思い出は色濃く残っていた。
いっしょに海に行ったりいっしょにご飯を食べに行ったり。
愛花姉ちゃんのことが大好きだった。
「あいか姉ちゃん」
「どうしたの、翔太」
「あいか姉ちゃんはどうしていつも長袖を着てるの?」
当時9歳だった俺は、愛花姉ちゃんの服がいつも長袖なのが気になって仕方が無かった。
愛花姉ちゃんも愛花姉ちゃんでさりげなく隠していたみたいだし、なんとなく触れてはいけないものだというのは分かっていた。
だから親戚の集まりでみんながほどよく酔っ払ってる時に誰もいないところで聞いて見たのだ。
「まだ、翔太くんには分からないかもしれないけど……」
そう言って人気の無い場所で俺にもよく分かるようにしゃがんで、袖口をめくりあげて見せてくれた。
それは真白な手首に浮き上がるささやかな赤い切り傷たちだった。
「怪我してる。いたい?」
「ちっとも痛くないよ」
「おくすり塗らないと」
「お薬より、もっと優しいものが欲しいな」
「えっ」
愛花姉ちゃんの顔がぐちゃぐちゃになって、泣き出した。
俺はどうしたらいいか分からなくて、確かテレビで見たように、必死で手を伸ばして大きな頭をぎゅっと抱きしめた。
泣き出す愛花姉ちゃんの様子を見てやっぱり痛いんだと思ったけれど、愛花姉ちゃんが痛いのは傷口じゃないようだったと今思う。
ある日を境に愛花姉ちゃんは入院することになった。身体が悪いんだよと聞いていたけれどお見舞いには行かせてもらえなかった。
俺も中学生になり、部活と友達との遊びで明け暮れていた頃に家の電話が鳴った。
愛花姉ちゃんが死んだ。