魅惑の果実
「おい、どうした」



ハッとした。


顔を上げると凛々しい桐生さんの顔。



「顔色が悪い。 日を改め……」

「大丈夫! 大丈夫だから、そんな事言わないで……」



頬に触れられ泣いてしまいそうだった。


部屋に二人きりだったら、間違いなく抱きついている。


桐生さんに腰を抱かれ、身を任せた。


強張った心が和らいでいく。


連れられてきたのは高層階にあるレストラン。


桐生さんはよく利用しているのか、支配人のバッチをつけた男性が慣れた所作で案内してくれた。


案内されたのは、夜景を一望できる個室だった。


キラキラと輝いている光よりも闇が大きく感じられて、飲み込まれてしまいそうだった。



「お客様、如何ないましたか?」

「あ、ご、ごめんなさい」



立ち尽くしていると椅子を引いた支配人に声をかけられ、慌てて席についた。


小さい頃からこういう場で食事をすることが多かった。


純粋な家族の食事ではなく、父は私にマナーを身につけさせたかっただけ。


そこには家族団欒という和やかなものはなく、父の苛立つ声と雰囲気だけだった。





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