魅惑の果実
桐生さんには死ぬまで言うつもりなかった。


それなのに……。



「私が好きで選んだ道だから……だから……本当に気にしないで……」



離れようと桐生さんの胸を押した。


けどビクともしなくて、離れられなかった。



「今日ほど後悔した事はない」

「え?」

「あの日、お前の書き残したメモを見て、気付けば家を飛び出していた。 そのまま車に乗り込んだが、お前のところへは行けなかった。 お前の言う大切な人とやらの事を聞けば、そいつを殺してしまいそうだった。 そんな事をすれば、お前は泣くだろう?」



本当……相変わらず物騒な人。


私たちはいつも言葉が足りなくて、そして、ちょっとズレてる。


そんな気がする。



「私の所為で桐生さんが手を汚すなんてイヤ。 でも、その言葉を聞いて凄く嬉しいと思っちゃった」

「美月……」



名前を呼ばれ顔を上げると、視線が絡まった。


冷たく鋭い目が、情熱的に熱を帯びているように見えた。


夜の闇よりも深い闇色。



「俺のところへ戻って来い」

「んっ……ふ、……っ」



触れ合う唇。


唇の隙間から割って入ってくる舌。


久しぶりの全身が痺れる感覚に戸惑った。





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