魅惑の果実
帝の小さな手が背中に回り、ギュッとしがみついてきた。


私も抱きしめ、背中を撫でた。



「帝がいいなら、一緒にお父さんの所に行こう?」

「…………」

「嫌?」

「おかぁさんは、僕だけじゃイヤなの?」

「イヤな訳ないじゃん。 帝がお母さんと二人が良いって言うなら、このままでいいよ」



寂しいと感じながらも、これもまた本心だった。


何よりも帝を優先してあげたい。


お腹を痛めて産んだ我が子。


その大切な子を無視してまで、大人の事情に巻き込むわけにはいかない。



「僕、ジャマじゃない?」

「邪魔な訳ないでしょ。帝が居ないとお母さんは幸せじゃないんだよ? だから、ずっと一緒だよ」



私の胸に顔を埋めたまま、鼻水をズルズル言わせている帝。


人の心に凄く敏感な子だから、私の気持ちを考えてくれてるのかもしれない。


暫く背中をポンポン叩いていると、スースーっと寝息が聞こえてきた。


あら、泣き疲れて寝ちゃったか。


話の続きはまた様子を見て、かな……。


スヤスヤ眠る帝を抱き上げ、私は電車を諦めタクシーを拾った。






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