魅惑の果実
“小西様がいらしてる。”


え?


バッと店長の顔を見ると、静かに頷かれた。


これって……桐生さんとはご馳走様しろって事?


そんな……。



「莉乃」

「は、はい!」



桐生さんに名前を呼ばれ、思わず声が裏返った。


何動揺してんの……私。



「客だろう?」

「え、あ、うん……」

「桐生様申し訳ございません。 直ぐに莉乃を戻しますので、少々宜しいでしょうか」

「構わない」



あっさりと了承され、胸の奥が痛んだ。


何期待してたんだろう。


桐生さんが引き止めてくれるとでも?


そんな事を桐生さんがするはずがない。



「桐生さん、ご馳走様でした」



テーブルに置かれた桐生さんが飲んでいるワイングラスに、自分の飲んでいたワイングラスを合わせた。


「直ぐに戻ってくるね」とは言えなかった。


私が戻るよりも先に帰ってしまうだろうから……。



「莉乃」



店長の後に続き部屋を出ようとしたら、桐生さんに呼び止められた。



「早く仕事を済ませてこい」



それって……待っててくれるって事?


桐生さんが私を?



「うん! 勝手に帰ったら許さないからね!!」



部屋を出て、ニンマリ顔を元に戻すのはちょっと大変だった。





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