懐古語り
兄との会合を終え、邸に戻った式部卿は、何時もより邸が賑やいていることにすぐ気付いた。
式部卿と白梅の上と呼ばれる妻との間にはまだ子がおらず、二人が留守の間邸は家人が静かに留守を守っている。
ということは妻が帰ってきているのだろう。
すぐに思い当たった式部卿は、真っ直ぐに妻の居所である北の対屋へと足を向けた。
主人の帰宅が伝えられたのだろう。対屋の女房達が世話しなく動いていた。
「お帰りなさいませ、この様な不躾な格好で申し訳ありませぬ」
そう言って軽く頭を下げる白梅の上に式部卿は朗らかに頷いた。
もう、ほとんどの乾いているようだが、日の当たる廂に軽装で単座していた白梅の上はどうやら髪を洗った様で、二人の女房に髪を扇がれていた。
普段はゆるくうねっている彼女の髪が幾分か真っ直ぐにのびており、その美しく長い髪が懐かしい姿を呼び起こさせる。
「長のお勤め御苦労様です」
自分と向き合うようにして座り恭しく頭を下げる夫に、白梅の上はおかしそうに笑った。
「まぁ」
「さあ、頭を上げてくださいませ。この様な所を誰かに見られでもしたら、私が悪妻と噂されてしまいますわ」
袂で口を抑えくすくすと笑う白梅の上につられるようにして式部卿も笑った。
今でこそ、誰もが羨む仲睦まじい夫婦であるが、出会った当初は犬猿の仲とまではいかずとも……まあ、お世辞にも仲が良いとは言えなかった。
同い年である二人は今でも喧嘩はするが、当時のその比ではなかった。
原因は大体が素直になれない式部卿にあったのだが、それを知る者もこの邸には誰も居ないだろう。
─────それを知っているのは兄と、当時は健在だった女御。そしてその回りの女房たちだけだった。