懐古語り
妻の髪が乾いた頃を見計らって、式部卿は酒の用意をさせた。
式部卿は妻の手を取り奥へと誘うと人払いをし、用意された酒と肴に手をつけた。
「さあ、今宵は貴女もお飲みなさい。久しぶりに帰ったのですから、愛らしい女一宮様ばかりでなく私の事も少しは構ってください」
戯れ言を言う夫に苦笑すると、白梅の上は杯をとった。
「まったく、大きなお子さまですこと」
くすくすと笑う白梅の上を式部卿はいとおしそうに優しく見つめた。
空に月が出てくると、二人とも良いがまわってきたようで、雑談を交わす二人の間の空気もゆったりと流れていた。
「女一宮様も大分大きくなられたでしょう」
もう、しばらくお会いしてはいないから、と式部卿は続けた。
女一宮だけではない、女二宮にも。
とはいっても女二宮は兄が意図して自分に会わせないようにしている気がしてならないが。
ふっと笑った式部卿に白梅の上は不思議そうに眉を寄せる。
「急におかしなお人ですこと。ええ、姫宮様も大きくなられて、もう一人の女性として見てもおかしくないでしょう」
自分の主人である女一宮を思い浮かべていとおしそうな目をする妻に、先ほどは冗談であったが、今度は本気でやきもきしそうである。
「帝が女一宮様は女御様とよく似ていると仰せでね」
「あら、駄目ですわよ。未だ幼いとは言えきっと将来一緒になるお方が決まっている様なものですもの。あなた様がつけ入る隙は御座いませんことよ」
ぴしゃんといい放つ白梅の上に今度は式部卿がおかしそうに笑った。
「焼きもちですか?まだ十足らずの少女に?」
自分の事は棚に上げて妻をからかってみる。
「大事な大事な姫宮様ですから、おかしな虫がつかないよう牽制したまでです」
ふいと横を向いてしまう妻が一層いとおしい。
そして、昔と変わらぬ態度に今日何度も自分を襲った懐古の念がまた一段と膨れ上がる。
と同時に、いとおしい妻をもっとやきもきさせたいという気持ちも強くなる。
よし、と思い切り、杯に残った酒を一息に飲み干すと式部卿は口を開く。
「…私は」