懐古語り
兄の寵姫を見てどうするのだろうか。先日の女房のように手込めにするのか。
この国の頂点の女を。
いくら絶世の美女だと、見目麗しい姫だと、所詮人の噂に過ぎない。第一に私の好みとは限らない。
……本当に一目見てどうするのだ。
興味をそそられなければよい、だが、好意を抱いてしまったら。
兄に勝ちたいと、優しい兄に勝ちたいと言いながら、兄と正反対の事をするのか。
いや、ただ見るだけ。
ただ、一目見るだけだ。
何に対して言い訳をしているのか、そうしているうちに、女御が召されるであろう刻限が訪れた。
気持ちが定まらないままも、脚が勝手に兄の居所へと向かう。
怪しまれないように、気付かれないように、女御が通るであろう廂の几帳の影に隠れる。
はやる鼓動をおさえながら女御が来るのを今か今かと待私は、端から見たら大分滑稽だろう。
自嘲するかのように、にやりと笑ったとき、優しい香が風に誘われ鼻腔をくすぐった。
女房に先導されながら、此方にやってくる。
顔は見えない。ただ背格好が、微かに見える肌が真っ直ぐにのびた見事な髪も何もかもが他とは違う。
自分の目の前までもう少しと言うところで、先ほどまで女房の影になっていた顔が見えた。
切れ長の目に長い睫毛、透き通るように白い肌に、すっと通った鼻筋口元は扇に隠され見えないが、きっと形の良い唇に赤い紅をさしているはず、白い肌によく映えるだろう。
一目見るだけだと思っていたが、欲が出る。
声を、声を聞いてみたい。
そう思うと、体が勝手に動いた。
音もなく立ち上がると、偶然を装い几帳の影から身を乗り出す。