懐古語り
もう一度逢いたい。
許されぬ相手ほど、会いたくなる。
それとも許されぬ相手だから、会いたくなるのだろうか。
恋い焦がれてはいけない、愛しては行けないひとだから、この想いは一層深まるのだろうか。
出来心から東宮の女御に接触して数日が経ったが、今も寝ても覚めても心を占めるのは兄の最愛の人である女御のことだけだ。
噂通りの美しい御姿も、不躾な男を気遣ってくれたやさしさ、そして兄に見せたあの表情が全てが私を惑わせる。
「あと一度だけでよいから………」
─────逢いたい
そう、自邸の庭の隅で項垂れる主人に舎人が遠慮がちに声をかけた。
兄からの文を受け取ったのが酉の刻だっただろうか。それから直ぐに支度をして、車にのって…
「くっ」
三宮は自嘲気味に小さく声を漏らした。
これではまるで、御褒美を待ちきれない子供だな。
だが、それもしょうがないな、実際に私は幼稚で子供なのだから。
『三宮様と直接お話がしたく思います』
兄の文と共に入っていた、あの方の言葉それだけで、ここまで胸高鳴っているのだから。本当に子供となんらかわりないな。
そして、梅壺で居住まいを正した私は目の前の事態に、間抜けにも口をぽかんと大きく開けて固まってしまったのである。