こんな能力(ちから)なんていらなかった
序章




オ チ ル——


 目の前で風に揺れる黒い髪を掴もうと手を伸ばす。



 その瞬間、現実に戻った。



 指の先には白が広がっていて。

 黒いものなど何もなくて——



 長いことそのままでいたような気がする。



 天井に向かって伸ばされたままの自分の腕。

 視界に映るのは白。

 耳の奥で木霊するのは五月蝿い蝉の鳴き声。

 そして全身を襲う痛み。



 窓の方を眺めれば遠くに積乱雲が見えた。

 このあとは雷雨になりそうだと漠然と思った。


 その思考の合間から夏の風物詩の鳴き声が忍び寄ってくる。

 硝子越しの蝉の声は変に耳に障る。


 その鳴き声の合間にピッ……ピッ……と規則正しい機械音が聞こえる。


 自分の腕に付いた管を辿ったその先にその機械はあった。

 機械の画面に刻まれる波形も一定で、その線は永遠に続いていく。


 ふとした瞬間にその画面の奥に女の子が写っていたのに気が付いた。


見知らぬ女の子————


 上に伸ばしていた腕を今度はその画面に向けて伸ばす。

 画面に写る女の子も手を伸ばし、そっと指先が触れ合った。

 しかし、指先からは硬く冷たい感触しか伝わってこなかった。



その画面の奥に写った

頬がこけ、包帯を巻いた痛々しい女の子が

自分だと気が付いたのは、


それから少し後のことだった——



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