こんな能力(ちから)なんていらなかった
◆
「おい、紫音……」
「何?」
「……なんでもねぇ」
「そうか」
紫音は目の前に座る唯斗を気に留めることなくキーボードに指を走らせ続ける。
——嗚呼、イライラする。
やらなければいけないことは唯でさえ多いというのに、厄介ごとは次から次へと舞い込んでくる。
その中でも一番厄介なのは自分の気持ちの始末だった。
それが全てを邪魔していた。
今の自分にはほんのちょっとのスペルミスでさえも苛つきの原材料となる。
唯斗はその後も何か言おうとしていたが、途中で諦めたようだった。
今は向かいに踏ん反り返って、携帯を弄っている。
どうせ愛しのハニー(笑)とメールやらなんやらしているのだろう。
「……ニヤけてんな。腹立つから」
「え?だって葵から久々に連絡きたから」
それは明らかな惚気だった。
こっちはどんな気でいると思ってるんだ。
「……毎日俺には来るぞ」
仕返しのつもりで呟いた言葉はしっかり唯斗の耳に届いたらしい。
「なんで!?」
「知るか」
涙で汚くなった顔で迫る唯斗の肩を押し戻す。