こんな能力(ちから)なんていらなかった
「優羽は好きな奴がいるらしい……」
諦めて今迄心の内に溜め込んでいたことを吐き出した。
唯斗にとっても予想外のことだったのか、沈黙が下りる。
数秒後、唯斗が顰め面で切り出した。
「……優羽がそう言ったのか?」
「いや……」
紫音の否定の言葉を聞いた唯斗が「だったら……」と続ける。
それなら、自分でもそこまで悩まない。
だが、優羽は。
「……目の前で男に抱きついた」
今でもあの時のことは鮮明に覚えている。
優羽が街中で倒れた日、紫音が家まで運んだ。
その時 、優羽はあの男に泣いてすがったのだ。
——『抱いて』と。
自分ではない、他の男に。
心臓が止まった気がした。
自分は一度も言われたことのない台詞。
自分には一度も見せることのなかった顔。
自分には一度もしなかった行動。
それをあいつにはしている——
そしてその男もきっと分かっていた。
優羽の頭の中では、紫音よりも自分の方が占めている面積が多いことを。
俺はお前が知らない優羽を沢山知っている——
という見下した笑みで紫音のことを見た男は紫音に笑顔で告げた。
『後は任せてくれないか?』
そう言われた時、思わずその男を殴りそうになった。