こんな能力(ちから)なんていらなかった
だが、長い付き合いだからわかる。
それが唯斗なりの叱咤激励だということを。
「じゃあな」
言い残した紫音に唯斗は手を振るだけで返す。
「はぁー。ストイックなのか、欲望に忠実なのか……焦れったい奴」
淋しくなった席で唯斗は独り呟くと、自分の携帯を弄った。
数回のコール音の後、愛しい人の声が聞こえてくる。
「あ、葵ー?今さどこにいるよ——」
話したいことがあんだよ。
そう楽しそうに笑った唯斗がいたことを紫音は知らない。
***
「……どうするか」
紫音は門の前で独りごちる。
唯斗に言われて勢いでここまで来てしまったが、考えれば軽率な行動だった。
何故なら、
現在時刻は——十一時を回ったところ。
空には三日月が浮かんでいる。
要するに、夜中。
訪問するには非常識な時間帯だった。
「帰るか」
ポツリと呟く。
現実的に考えてそれしか答えはなかった。
実際自分が明日優羽にメールを送ればそれですむ。