こんな能力(ちから)なんていらなかった
◇
仁緒の目が優羽を捉える。
嫌な笑みを浮かべた仁緒は紫音を引き寄せ、その口にキスをした。
何故か、その姿が夢の中のあの女に被って見えた——
「優羽!」
後ろから奈々の制止する声が掛かるが、今の優羽にはそれを聞き入れるだけの余裕などない。
ガムシャラに走り続けて、気が付けば家の門に手をかけていた。
蹴破る勢いで家の中に入ったからか、流が奥から出てくる。
「おかえり」
「……ただいま」
小さな声で言うと優羽は自分の部屋のドアを力任せに閉めた。
けたたましい音に流は首を竦める。
今までにない荒れようだ。
仕事に行ってきただけの筈なのに、どうしたらこんなことになるのか——
どうしたもんか、と頭を掻いた流は静かにその場を離れた。
優羽はと言えば、暗い部屋の中でドアに背をつけて立ち尽くしていた。
流がこの部屋に入ってこないことを願いながら。
足音が遠ざかったのを確認した後その場に座り込む。
——紫音が選んだんだからきっと優しい子なんだろうな……
以前溜息交じりに呟いた自分の言葉が思い返される。
とにかく自分なんかじゃ太刀打ちできないぐらい素晴らしい女の子。