こんな能力(ちから)なんていらなかった
普段は穏和でおっとりとしている葵だから、尚更恐ろしく感じられる。
「あ、葵……?」
「仁緒の親が無理矢理押し切ったような形で婚約の話を取り付けたのよ」
「……」
それでは付き合ってるも同義ではないか。
項垂れかけた優羽に葵は救いの手を差し出す。
「安心していいわよ。まだそれは口約束の段階でしかないの。要するに書類上の関係じゃないのね」
「それでも……」
「絶対に紫音が仁緒と正式な婚約者になるつもりはない、これだけは言い切れるから」
人の気持ちほど移ろいやすいものはない。
そんなのは誰だって知っていることだ。
「なんで言い切れるの……?」
知っているからこそ、言い切ることなんて出来るはずがない。
けれど、葵はうんざりって顔で紫音の頭の中を見せてあげたいわ。と呟いた。
「紫音の頭なんてある人について九割方構成されてるもの。仁緒なんてたったのこれっぽちも頭にないわよ」
葵は人差し指と親指で隙間を作る。
が、その指はくっついているようにしか見えなかった。