こんな能力(ちから)なんていらなかった


 だが、流達は知っている。

 その記憶は、優羽が崖から落ちた日の記憶だということを。


 しかし、そのことを誰も優羽には告げようとしなかった。


 優羽が殺されかけたなんてことを優羽には知らせたくない。

 だから言わない。


 それが暗黙の了解となっていた。


 そして流は、悪夢に魘され、泣く優羽の小さな手を伸ばされるままに取り、慰めた。


 優羽が本当に求めているのは自分ではなく、夢の中のオウジサマだとは気が付いていた。

 黒い髪で黒い羽を持つ自分は代わりとして求められている。

 そんなこと分かっていた。


 何故って優羽は呼ぶ。

 優羽は夢に魘されながら呼ぶのだ。



——らう



 と、一言。

 聞き取れないほどの小さな声で呼ぶのだ。


流ではない他の誰かの代わり——


 別にそれでもよかった。


 優羽を救いたい、守りたい、その一心で身代わりになることを望んだのだから。

 優羽が泣かないのであればよかったのだから。

 優羽が苦しまないでいてくれれば、よかったのだから。

< 215 / 368 >

この作品をシェア

pagetop