こんな能力(ちから)なんていらなかった
だが、流達は知っている。
その記憶は、優羽が崖から落ちた日の記憶だということを。
しかし、そのことを誰も優羽には告げようとしなかった。
優羽が殺されかけたなんてことを優羽には知らせたくない。
だから言わない。
それが暗黙の了解となっていた。
そして流は、悪夢に魘され、泣く優羽の小さな手を伸ばされるままに取り、慰めた。
優羽が本当に求めているのは自分ではなく、夢の中のオウジサマだとは気が付いていた。
黒い髪で黒い羽を持つ自分は代わりとして求められている。
そんなこと分かっていた。
何故って優羽は呼ぶ。
優羽は夢に魘されながら呼ぶのだ。
——らう
と、一言。
聞き取れないほどの小さな声で呼ぶのだ。
流ではない他の誰かの代わり——
別にそれでもよかった。
優羽を救いたい、守りたい、その一心で身代わりになることを望んだのだから。
優羽が泣かないのであればよかったのだから。
優羽が苦しまないでいてくれれば、よかったのだから。