こんな能力(ちから)なんていらなかった
錠と鍵、それぐらいなくてはならない、なければ機能しない、そんな存在だった。
敵わないのは一瞬で悟った。
だが、負けたくなかった。
その意地だけで虚勢を張った。
まだ、優羽を渡したくない。
そんな自分の身勝手な願いで男から優羽を奪った。
優羽の気持ちが向こうにあったとしても気にしなかった。
優羽がそばにいてくれればそれでよかったのだ。
しかし、それは仮初めの世界にしかすぎない。
そんな束の間の夢は、あっという間に崩れ去る。
元々優羽との関係は亀裂の入った砂の城のようなものだ。
いつ崩れたっておかしくない。
その城が崩れるより少し前に波によって攫われただけのこと——
『惚れてんなら優羽のこともっと考えてあげたら』
不意に思い出された奈々の言葉に流はギリッと奥歯を噛みしめる。
「分かってんだよ……」
流はすっかり冷めて冷たくなった一人用の土鍋を掴んで優羽の部屋へ向かう。
廊下の先にある優羽の部屋のドアをそっと開け、中を窺う。
優羽は大人しく横になっているようだった。
ホッと息をつく。
静かにドアを閉める。
つもりが、脇に積み上げてあった雑誌に足が当たり、盛大に崩れる音がした。