こんな能力(ちから)なんていらなかった


 優羽はふぅと息をつく。

 そして尚も荒ぶる胸をぐっと押さえつけた。


 あれは気のせい。

 寂しがってる自分が見た白昼夢。



——だけど、きっと心の奥底では分かっていた。



 行き交う足音、車のエンジン音、通り過ぎる電車。

 そんなにも騒がしい昼間。


 なのに、



カツン——



と上品な足音が自分の耳に届いた。


 一歩一歩確実に近付いて来るのがはっきりと聞こえる。


 こんなにも騒がしいのに。

 足音なんて聞き取れるはずもないのに。


 そして、その音は自分の真後ろで途切れた。


 心臓がバクバクしすぎて振り向けない。



「……優羽」



 聞こえてくるのはずっと聞きたかった声で。

 すぐにでも振り向きたかった。


 けれど、どんな顔をすればいいのか分からなくて優羽は振り向けずにいた。


 そのまま数秒が経過する。

 ゆっくりと気まずくなってゆく空気。


 優羽は先程の声をシカトしたことを後悔し始めていた。

 こうなってしまったら最後、自分からは動けない。タイミングが分からないから。

< 231 / 368 >

この作品をシェア

pagetop