こんな能力(ちから)なんていらなかった
何か、き、きっかけ……。
そう思った時だった。
優羽の腕がヒヤリとした何かに包まれたのは。
「……っ!」
「ちょっと来い」
「え……」
返事をする間も無く腕を引っ張られる。
紫音は親切そうに見えて、いつだって強引にものを運ぶ。
今回とて例外ではない。
だから抵抗するだけ無駄。
優羽は引っ張られるままに紫音の背についていく。
沢山の人とすれ違いながら優羽は頭の片隅でボンヤリと考えていた。
いつもは耳に付く喧騒も今日は聞こえない、と。
それはきっと——
優羽は自分の右手に目をやる。
全神経がこの右手に集中しているから。
この時間がずっと続けばいい。
夢でもなんでもいい。
こんな幸せなら永遠に続いたって構わないとさえ思った。
なのに、やっぱり夢は醒めてしまう。
それが夢ってものだから。
人通りの少ない路地裏に足を踏み入れた途端、その手は優羽から離れていった。