こんな能力(ちから)なんていらなかった
そんな遅くない時間のはずなのに誰もいないその場の空気が静かすぎて、優羽はコール音が男の耳に届いてしまうのではないか、と不安に思う。
だが男は振り向かないまま数秒が経ち、そして、繋がった。
『もしもし——』
紫音の声だ。
それを実感した優羽は意味も無く体から力を抜き、ぐたっと壁に寄りかかった。
『大丈夫か?……おい、優羽?』
優羽が何も言わないせいか紫音は少し焦ったような声音で話す。
優羽はごめん、何もないと言いながら体勢を立て直した。
気付かれなかった——?
壁から少しだけ身を乗り出して見る。その瞬間優羽は道路に飛び出していた。
「……いない——」
男は忽然と姿を消していた。
確かにさっきまでそこにいたのに。
優羽はがっくりと肩を落とした。
今迄angelicを見つけて、逃がしたことはなかった。だから、今回のことが悔しくてたまらない。
こんなことなら目を離さなければよかった——
そう思った時だった。
自分の手首がヒヤリとした何かに包まれ、グイッと引っ張られる。
その反動で後ろを向いた優羽は目を見開いた。