こんな能力(ちから)なんていらなかった


 男が優羽のジャージに手を掛けたのを見て優羽は青ざめる。


「今更遅いですよ」


 ビリィと布の破れる音が周囲に響く。
 優羽の着ていたジャージが中に着ていたティシャツ諸共、大きく裂け優羽の胸元を夜の冷たい空気の中に晒し出していた。


「っ……やだっ!」


 もがいても男の力に敵うはずもない。
 それでも優羽は必死に抵抗していた。


「想像通り綺麗な身体ですね」


 男はニヤリとほくそ笑み、胸の谷間に舌を這わす。それはねっとりとしていて気持ち悪かった。


 なんでこんな男なんかに——


 優羽はあまりの悔しさに、歯が折れるのではないかと思うほど強く奥歯を噛みしめる。


 と、離れた所に落ちたままになっていた携帯が視界に入った。


 優羽はハッとする。
 自分はさっきまで紫音に電話をかけていた。

 もしかしたら。
 何かが起きたと悟って、探しに来てくれるかもしれない。

 その確率は低いだろう。

 だが、紫音なら——と思ってしまう自分がいた。


 一縷の望みを胸に優羽はもがく振りをしながら背中に手をやった。
 男が楽しそうに優羽の肌を舐めている間に、どうにかして千秋を取りたくて、必死に背中に手を伸ばす。


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