こんな能力(ちから)なんていらなかった
「そんな顔して此方を見ないでくださいよ……またお伺いいたしますから」
「その時は覚悟していろ。二度とその顔見せれなくしてやる——」
紫音の言葉に笑うとその男のいた場所は陽炎のように霞み、そして男は消えた。
それとともに光の柱は細くなってゆき、最後に砕け散った。
その光景は余りに幻想的で優羽は自分の頬を抓った。
あまり痛くなかった。
今度は爪で傷をつける。
それは流石に痛かった。
「優羽——って何をしてんだ、お前は」
紫音は優羽にゆっくりと近付くと掌を優羽の頬に当てた。
頬が微かにくすぐったい。
「動くな、じっとしてろ」
「だって、なんか痒いし……」
顔を背けようとするも紫音にしっかり抑えられて動かせない。
「はい、終わり」
そう言った紫音はゆっくりと離れて行った。
そのことがかなり寂しかった。
優羽は紫音に手を伸ばそうとしてハッとする。
なんだこの手は。
慌てて引っ込めようとした時優羽は思い出した。
進路変更。
そのまま紫音の背中の方に手を回し、その黒い翼に手を触れた。
ふかぁ——
予想外の柔らかさに優羽はパッと顔を綻ばせる。