こんな能力(ちから)なんていらなかった
だが紫音は優羽の胸元を見ていた。
呆然という言葉がピッタリの表情で。
優羽がそんなに見ないでと言う前に紫音は優羽から手を離し立ち上がった。
紫音の腕を咄嗟に掴もうとするが、紫音の横顔が険しくて優羽は手を引いた。
紫音は勝手知ったるように部屋の中を歩きクローゼットからティシャツを一枚持ってきた。
「やるから風呂入ってこい。なんでも勝手に使っていい」
「……いいよ、時間かかっちゃうし」
あの男に触れられた感触がそんなすぐに消えるとは思えない。
どうせ風呂に入るのならゆっくり、念入りに洗いたい。
そう思ったから断ったのに、紫音は更に眉間の皺を深くすると、優羽の腕を掴み近くの部屋に放り込んだ。
「いいから入ってこい」
バタンとドアが力任せに閉められる。
優羽はその音に首を竦めた。
数秒後恐る恐る目を開け目の前の白いドアを見つめる。
ゆっくりと視線をあげ、見つけたドアノブに手を伸ばしたが、鍵がかけられているのか開きそうになかった。
優羽は溜息を着くと膝を抱えた。
「なんで……」
なんで怒ったんだろう——……
ポツリと言葉を吐き出すとジワリと涙が浮かんだ。
紫音の口調にいつもの優しさがなかった。
その理由が分からない。