こんな能力(ちから)なんていらなかった



 しかし優羽は見ないで階段を静かに駆け下りて行った。
 一番下の階に着くと真っ直ぐボロボロの掃除用具入れに向かう。教師ですらもなかなか使わない薄暗い廊下の隅にひっそりと置かれた、建て付けの悪いそれを力任せに引く。中は埃臭いかと思いきや、優羽が掃除をしているため案外綺麗だ。普通の用具入れよりも綺麗かもしれない。

 初めてそれを見つけた時は外見に違わず中は蜘蛛の巣が張り放題だった。そんな用具入れをわざわざ清潔に保つ理由は長いもの——千秋を隠すのに打ってつけの場所だったからだ。

 とはいえ、埃まみれ蜘蛛の巣まみれの所に家宝でもある千秋を置けるわけがない。そんなわけで、優羽が定期的にそこを掃除するようになった次第である。

 思いつきにしては案外いい隠し場所だったと今では思っている。授業中に抜け出す際も放課後もここならば簡単に寄れるし、誰にも見られずに長物を持ち出せる。
 剣道部でもない優羽がこれを教室に持って行くには少々目立ちすぎるための配慮だった。
 開けるたびに耳障りな音を上げるのは及第点としたものだろう。

 音を立てないよう気を付けながら鞘袋を取り出し、肩にかけ急ぎ足で下駄箱へと向かう。昇降口から顔を出した優羽は外に誰もいないことを確認すると走り出した。

 走る最中、空に黒い煙のようなものが見えた。

 そのことに顔を顰める。靄に惹きつけられて他のものまで寄ってきてしまったらしい。


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