こんな能力(ちから)なんていらなかった
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パシャと水を顔にかける。
朝の冷たい水は目覚ましに丁度いい。
蛇口を捻って水を止めると、豪快に顔を拭く。
今朝変な夢を見た、気がする……。
悪夢ではない。
唯の夢。
顔を上げると見慣れた自分の顔が鏡の向こうにある。
自分はその顔を見る。鏡の中の自分もこちらの世界の顔を見る。
無表情なその顔に長いこと見られていると、だんだんと気が滅入っていく。
そんな自分が嫌で、今日も鏡の前でニッコリ笑う。
「……よし」
一人呟くと、持っていたタオルを洗濯かごに投げ入れた。
***
「——う!!」
遠くで誰かが名前を呼んだ気がして、振り返る。
振り向いたその視線の先にいた人を見て優羽は顔を綻ばせた。
「紫音!!」
ぱあっと笑顔になって駆け寄る。
全力で走ってきた優羽を紫音は笑いながら見てた。
「最近体調はどう?」
「もうね、バッチリ!」
夢のせいで寝れない時もあるけれど、指輪を握っていれば不思議と眠ることができた。
なんて言ったって紫音が自分の身体を抱き締めてくれているのだ。
自分が深い眠りの底に落ちるまでずっと。
これ以上心が安らかになれるところは他にない。