こんな能力(ちから)なんていらなかった


***



 パシャと水を顔にかける。

 朝の冷たい水は目覚ましに丁度いい。
 蛇口を捻って水を止めると、豪快に顔を拭く。


 今朝変な夢を見た、気がする……。

 悪夢ではない。

 唯の夢。


 顔を上げると見慣れた自分の顔が鏡の向こうにある。
 自分はその顔を見る。鏡の中の自分もこちらの世界の顔を見る。

 無表情なその顔に長いこと見られていると、だんだんと気が滅入っていく。


 そんな自分が嫌で、今日も鏡の前でニッコリ笑う。


「……よし」


 一人呟くと、持っていたタオルを洗濯かごに投げ入れた。




***




「——う!!」


 遠くで誰かが名前を呼んだ気がして、振り返る。

 振り向いたその視線の先にいた人を見て優羽は顔を綻ばせた。


「紫音!!」


 ぱあっと笑顔になって駆け寄る。
 全力で走ってきた優羽を紫音は笑いながら見てた。


「最近体調はどう?」

「もうね、バッチリ!」


 夢のせいで寝れない時もあるけれど、指輪を握っていれば不思議と眠ることができた。

 なんて言ったって紫音が自分の身体を抱き締めてくれているのだ。
 自分が深い眠りの底に落ちるまでずっと。
 これ以上心が安らかになれるところは他にない。


< 291 / 368 >

この作品をシェア

pagetop