こんな能力(ちから)なんていらなかった
さらに足を早めるも、その雲は駅向こうに降りて行く。
対して優羽は信号に引っかかって足が止まっている状態だ。
逸る気持ちを抑えて足を何度も組み替える。
こういう時に限って何故赤に変わったばかりなのだろうか。
信号機“あるある”だ——急いでる時ほど変わらない信号。
そしてこれほど腹立たしい“あるある”も他にはあるまい。
下らないことを考えていても信号はなかなか青に変わる気配を見せない。
もういっそのこと信号無視したろうか、とヤケクソになり始めた時、
肩にとんと誰かの手が置かれた。
「——待て!」
「え?」
かけられた声は聞き覚えのある低さで、キョトンとした顔で声の主を確認する。
無意識で振り向きざまに関節を極めた優羽にストップをかけたのは。
「柊紫音?」
「『紫音』って呼べって言っただろ」
昨日会ったばかりのその人だった。
ポカーンとその顔を見つめていると、デコをはたかれる。
「いたっ」
「取り敢えず離そうか」
言われてハッとすれば自分達は注目の的となっていた。周りの視線は真っ直ぐに自分の手元に向かっている。
掴んでいた腕を放ったそのタイミングで信号は青となった。
何か嫌な予感がして、迷わず逃走を選ぶ、が簡単に捕まった自分の腕。