こんな能力(ちから)なんていらなかった
床に落ちた銀色のものにゆっくりと焦点を合わせる。
それは紫音から貰った大切なもの。
蹴られた拍子にチェーンが切れてしまったのか、それは優羽の手の横に落ちていた。
腕は動かせないが、指は動かせる。
その指輪に手を伸ばしてる最中も暴力は続いていたが、何も感じなかった。
全ての神経がその指輪に向かっていた。
指が千切れるのではないかと思うほど必死に伸ばす。少し触れた。だが、それは押されて更に遠くへ行ってしまった。
たったの数ミリ。それなのに数メートルにも思える指輪までの距離。
「死ね!虫のように潰れて死ね!」
あと少し。
本当にあと少し。
そして、——中指が届いた。
指先に全神経を集中させて、上手く転がす。
やっとのことで手に掴んだそれは、ヒンヤリとしていて、不思議と心地よく感じた。
意識は朦朧としていて、体も動かなくて、助けはまだ来なくて……そんな絶望的な状態からは何も変わっていない。
なのに何故か安心した。
この指輪を握って寝た時には、必ず紫音が夢に現れたからだろうか。