こんな能力(ちから)なんていらなかった


 床に落ちた銀色のものにゆっくりと焦点を合わせる。


 それは紫音から貰った大切なもの。


 蹴られた拍子にチェーンが切れてしまったのか、それは優羽の手の横に落ちていた。

 腕は動かせないが、指は動かせる。

 その指輪に手を伸ばしてる最中も暴力は続いていたが、何も感じなかった。
 全ての神経がその指輪に向かっていた。

 指が千切れるのではないかと思うほど必死に伸ばす。少し触れた。だが、それは押されて更に遠くへ行ってしまった。

 たったの数ミリ。それなのに数メートルにも思える指輪までの距離。


「死ね!虫のように潰れて死ね!」
 
 
 あと少し。

 本当にあと少し。


 そして、——中指が届いた。


 指先に全神経を集中させて、上手く転がす。
 やっとのことで手に掴んだそれは、ヒンヤリとしていて、不思議と心地よく感じた。


 意識は朦朧としていて、体も動かなくて、助けはまだ来なくて……そんな絶望的な状態からは何も変わっていない。

 なのに何故か安心した。

 この指輪を握って寝た時には、必ず紫音が夢に現れたからだろうか。
 
< 319 / 368 >

この作品をシェア

pagetop