こんな能力(ちから)なんていらなかった
「これから仕事だろ?」
優羽は逸らそうとしていた視線を紫音に戻し固定する。
「どうしてそれを……?」
紫音は優羽の背中にある鞘袋を見やる。
「それ、“千秋(せんしゅう)”だろ?」
「!」
紫音が何気無く言ったその言葉は、出会って一日二日の人間に到底知り得ないはずのものだった。
優羽はそのことに狼狽える。
どうして。
あり得ない。
何処で。
次々に浮かんでは消えていく思考。
それらは一向にまとまらない。
最終的に絞り出したのは。
「どこまで、」
——知ってるの?
それだけだった。
「殆ど全部じゃないかな」
尚更分からなくなる。
この男が自分とどのような関係だったのか。
紫音は混乱する優羽の腕を握るとさっさと歩き出す。
優羽と言えば突然のことに何が何だか分からず、躓きながらもその背中を懸命に追いかける。
その時にあることに気が付く。
紫音が前回着ていたのはスーツだ。
高そうなものだったからよく覚えている。