こんな能力(ちから)なんていらなかった



 紫音の至近距離で突如あがった火柱に優羽は悲鳴をあげた。


「紫音——っ!!」


 必死に叫んだのも束の間、紫音は簡単にその炎を消した。
 ほんとに呆気なく。
 まるで、蝋燭の頼りない火のように、フッと。

 天井まで届くような炎柱だったのに。


 男も優羽も呆気にとられている間に紫音は、男の前に立ち。

 そして、徐に男の首を掴んだ。


「ひっ……!」


 男の喉から引きつった声が出る。

 紫音の背中が邪魔で男が今どんな表情(かお)をしているのか、全く分からない。ましてや、前を向く紫音のものなんて。


「……前に言ったよな?」

「……んぐっ……」

「『次に俺のものに手を出した時は、命はないものと思え』——って」


 ゾッとした。

人間ってこんな声が出せるんだって。

 ——そう初めて知った。


 紫音が空いていた手を僅かに振る。


 その次の時には、紫音の手に黒い物体が握られていた。
 優美な曲線で模られたそれは、光を反射して鈍く輝く。

 黒いそれが命を奪うものだと気が付いた瞬間、優羽の体は一人でに動いていた。


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