こんな能力(ちから)なんていらなかった
……さっきまではピクリとも動かなかったのに。
駄目と、そう思った瞬間、——パキリと音がした。
まるで、今まで体に巻きついた茨の蔓が凍り、砕け散ったかのような音が。
自由になった足で、大きく一歩を踏む。
続けて一歩、また一歩。
紫音はもう腕を動かしている。
だがそれの切っ先が男の喉笛に届く前に、優羽は紫音の腕に抱きついた。
「ダメ!!」
驚いたのか、紫音の動きが一瞬止まる。
「……ダメだよ」
その間に優羽はしっかりと紫音の顔を見た。
「……絶対にだめ」
握る腕に、無意識のうちに力がこもる。
「なんで止める!?」
優羽に紫音は怒鳴りつけた。
紫音は、そのすぐ後にハッと目を見開く。
優羽が見つめる紫音のくちびるは何かを言おうと開いたが、酸素を求める魚のように数度開け閉めを繰り返し、結局、言葉が発されることなく閉じられた。
優羽はその紫音の顔に胸が握りしめられたような錯覚に陥った。
「……紫音は、そんなことしちゃダメ」
だが、優羽にはその痛みを隠すことしかできない。自分の胸の痛みを表情に出すのは躊躇われた。