こんな能力(ちから)なんていらなかった
そんなことを言われて、勘違いするななんて方が間違ってる。
小刻みに震えていた紫音の背に手を回し、ぎゅっと引き寄せる。
「私は生きてるから……ね?」
背中に耳をあて、掠れた声で言えば。
「…………そうだよな」
紫音も、そう呟く。
「お前は、いま生きてる」
それは、優羽に確認してるようでも、自分に言い聞かせてるようでもあった。
紫音の右手から力が抜ける。
すると、男は糸が切れたマリオネットのように床に崩れ落ちた。
激しく咳き込む男は這いつくばって、仕切りに戻すような行動を繰り返していた。
優羽も紫音から手を離す。
紫音がその男を見る目は憎悪に満ち溢れていた。
大好きな人だから、こんな醜く疲れる感情を持っては欲しくない。
そんな考えは建前だということを、自分が何よりも知っている。
そして、その感情は自分の為だけに作られたものでもないことを理解している。
だが、そのうちの何割かは、自分への情、故のことだと思った。
思い上がりだとは思う。
けれど、あんな表情で、あんなことを言われてしまって、期待してしまった。
——紫音は本当は自分のことが好きなのではないか、と。
少しぐらい期待したっていいよね……?
その一言は自分の胸の奥深くにしまいこんだ。