こんな能力(ちから)なんていらなかった




「痛かったけど、もう平気だよ」


 葵の綺麗な黒髪に顔を埋める。

 最初は見るだけでも吐きそうだった。
 けど、今は。

 これほど落ち着く色も他にない。
 心の底からそう思う。


やばい

眠くなってきちゃった……


 気が抜けたせいで、張り詰めていた緊張の糸が緩み瞼が重くなっていく。


「優羽……?」


 葵のその声を最後に記憶が途切れた。




 再び声が聞こえた時、優羽の体は揺れていた。


「…………どうする気なんだ?」

「明日、ちゃんと言うよ」


 耳に心地よいこの声は、自分の上から聞こえてくる。

 でも、眠すぎて目があかない。
 まるで強力な瞬間接着剤でくっつけたかのよう。


 でも分かる。
 この声は自分の好きな人の声。


「しおん……」

「優羽?起きたのか?」


 下に下ろされる感覚がした後、優羽は背中にふかっとしたものを感じた。
 いつもの感覚で、思わず近くにあるはずの枕を抱き寄せる。
 紫音は「寝言か……」と笑って、優羽から手を離した。


「寝言じゃない……起きてるもん」

「寝てんじゃん」


 瞼を閉じたままの優羽に唯斗が吹き出す。


仕方ないじゃん。

開けたくても開かないんだから。


「いいから、寝てな」


 紫音がそうやって頭を撫でる。

 何度も何度も往復するその手が気持ち良くて、優羽は今度こそ深い眠りについた——




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