こんな能力(ちから)なんていらなかった








何これ、何これ、何これ——



 何が起きてるか分からず内心パニック状態の優羽に関わらず、顔面を駆けずり回る筆の動きは全く変わらない。
 次から次へと新しい手が伸びてきて、その筆を握る手を抑えることもできない。

 結局、我慢して椅子に座ったまま大人しく待っていることしかできなかった。

 たまに、顔上げて、目閉じて、などの指示に従いながら待つこと数十分。


「終わりましたよ」


 その声がかかって優羽はようやく深く息を吐き出した。


 そのまま顔を上げて鏡を覗いて驚いた。

 自分が自分でなくなっていた。


 メイクの力ってこんなにもすごいのかと実感する。
 それと同時に、自分がどれだけメイク下手なのかということも実感した。


 しかもいつの間にされていたのか、髪も緩く巻かれていた。


「何かご不満はございますか?」

「いえっ……不満なんてとんでもないです」

「恐れ入ります」


 後ろに立っていた女性は鏡越しに微笑んだ。
 優羽も感謝の気持ちをこめて微笑む。


「では、こちらへ……」


 女性に促されて優羽は立ち上がる。

 そして、開け放たれたドアの向こうに足を踏み出してすぐ、優羽の目に飛び込んできたのは——


「し、紫音?」

「そうだけど?」


 紫音の前髪は無造作に横に流してある。なんだかセクシーで鼻血が出そう。思わず鼻を抑えようとして思い留まる。せっかくしてもらったメイクを崩したくはない。


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