こんな能力(ちから)なんていらなかった
それに気が付いたその瞬間、自分の体から体温が消えたような気がした。
優羽は紫音にいっぱいいっぱいで雑鬼を引き寄せる何かが移動したことに気が付かなかった。
だが、分かっていたのだ。紫音は。
優羽が何故ここにいたのか。
何をするためにここに来たのか。
全て知っていたのだ。
そして優羽にメリットのある行動を迷わずに選択する。
紫音の背中を見ながら優羽は確信する。
この男は、本当に千歳優羽のことを知っているのだと——
駅前のビル群を抜けて暫し走ったところで、紫音は立ち止まる。
そのことがさらに優羽を確信へと導く。
道路を塞ぐようにして、それらはいた。
悪霊だ。随分と多くいる。
「紫音下がって」
優羽が告げると紫音は少し脇に避ける。
だが、後ろに行く気は無いらしい。
多分これ以上動かないだろうと察した優羽は諦めて、鞘袋から千秋を取り出す。
鞘から抜いた刀身は昨日と同じように光を反射させ、美しく輝いていた。
「千歳の血と名の下に——千秋、血を求め紅に染まれ」
優羽は赤い血の流れる親指をその峰に走らせる。
波紋が広がるように紅に染まっていくそれを優羽は握り直すと——一閃——刀が空を切った。
千秋の切っ先はそれらに届いてはいない。
だが、そこにいた悪霊は胴から頭が離れたかと思うと宙に霧散していった。
切っ先を周りに群がる雲に向けニヤリと笑う。次はお前たちの番だと言わんばかりのその顔に集まっていた雑鬼達も蜘蛛の子を散らすように逃げていった。