こんな能力(ちから)なんていらなかった
あれか……。
大きい——
信号機の隣のメーターの赤い線が消え青に変わる。すると一斉に歩き出す人々。
その流れに従って歩く中で黒い靄の方に気を取られていた。
だから気付けなかった。
前から歩いてきた青年に。
トンっと肩がぶつかり、互いの体が傾いだ。
「あっ、すいません」
咄嗟に謝り、すぐに靄に意識を戻す。
が、あまりの人の多さに思ったように前へと進めない。
このままだと見失う——
逃すのはマズイ。
あそこまで集まってしまったものは直に人に取り付くようになる。
優羽は靄を追いかけるのをやめると突然方向を変え、脇道へと進む。
本当はお爺様にやるなと口煩く言われているのだが、止むを得ない。人通りが少なくなった辺りで自分の霊力を解放した。
大気が震え、慄くように波打つ。
さぁ、来い。
美味しい餌がここにあるぞ——?
優羽は人より少し長めの犬歯を口端から覗かせニヤリと笑った。
優羽のような霊力を持つ人間を“あれ”は好む。
光を避け闇を求めるあれとは、
——そう、妖。
この靄はまだ妖にはなりきれていない、怨念の集合体のようなものだ。
現代のストレス社会では人の恨み辛みの念は膨大なものとなる。しかしそれは発散されることなく宙を漂い、ふとしたきっかけで集まり出す。
集まったそれは更なる怨念を呼び大きくなっていき、最終的に人に直接取り付き怨念を自ら作り出すようになる。