こんな能力(ちから)なんていらなかった
「こんな風に注文するんだ……」
知らなかった。
「今迄どうやって頼んでたんだよ」
電話を壁にかけた紫音にまたも笑われる。
「しょうがないじゃん」
唇をブウっと突き出し尖らせる。
「こういうとこ来たことなかったんだから」
そう、優羽はカラオケに来るのは今日が初めてだったのだ。
だから知らなくて当然なのだが、紫音はそうは思ってなかったらしい。
「今迄ただの一度も?」
「ない」
京都にいた時は遊びにに行く暇などなかった。
朝起きて、稽古して、学校行って、仕事して、修行して——毎日これの繰り返しだ。
誰かと遊びに行くということ自体考えてみれば初めてである。
「あの優羽がね……」
「『あの』ってどういうこと?」
妙に強調されたその言い方が気になる。
紫音はそれも分からないのか……と呟く。
どういう意味かもう一度尋ねる前に紫音は答えた。
「優羽って本当に歌が大好きでさ……」
昔を懐かしむ、そんな表現がピッタリだった。
「何処か遊びに行こうって言うたびに必ずカラオケを出してくるような奴でさ、酷い時なんか週一で通ってた時もあったぐらいだったんだよ」
しみじみとした語り口なのに何処か嬉しそうに聞こえるのは気のせいではないのだろう。