こんな能力(ちから)なんていらなかった



 その言葉に優羽は少しだけ考えて、言い放った。


「気持ち悪い」

「……優羽限定に決まってんだろ」


 青年が呆れたように優羽の名前を口にする。

 “初めて会った”はずの青年が。


「——え、」


 明らかに怯えたような表情を見せる優羽に青年は少しだけ狼狽える。
 優羽はそんな青年に強く千秋を押し当てる。


「……何っで、」


 震える喉からはみっともない声しか出ない。
 しかし、聞かずにはいられない。


「……私の名前を知ってるの?」


 そんなことを訊くのには理由があった。

 三年前、目を覚ました優羽は一切の記憶が無かった。
 自分の名前ですらも思い出せず。

 そして、自分の名前を知っていた人間は“家族”と名乗った三人だけだった。


 それ以外に知っていたのは——


 一人の男を思い出した優羽は少し眉を垂らして、目の前の青年を見上げる。
 青年はそんな優羽に驚きを隠すことなく口を開きかけた。


——その瞬間。


 携帯の着信音が鳴り響いた。

 二人は同時に肩をビクつかせる。
 耳を澄ませば、それは青年の胸から聞こえてくるようだった。

 優羽は刀を下ろすと素早く鞘に収め、袋にしまう。


 青年が携帯を操作する間に手早く身嗜みを整えると。


「ごめんなさいっ!」


 叫びながら脱兎の如くその場から逃げた。


「あ、おい! 待——」


 焦った青年の声が背を追いかけてくる。が、それを振り切るように走った。


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