こんな能力(ちから)なんていらなかった

　紫音は笑うと、好きだよ。と答えた。


「……うっわー、それ、惚気って奴？やんなるー」

「お前から聞いといてそれはないだろ」


　紫音は呆れた顔をした。
　だけどどこか楽しそうだった。

　きっと大切な人の話だからだろう。


　そんな紫音に、


その大事な人は今どこにいるの？


なんて聞けなかった。


「じゃあな、また」

「うん」


　駅についてすぐにやってきた列車。
　自分の家とは反対方向の列車に乗り込む紫音に小さく手を振る。
　帰ってくるのは微笑み。


「だから……そういう思わせ振りな態度やめてよね」


　自分が恋した優しい微笑み。
　自分だけに向けられてると思ってた。

　だけど、それは最初から私のものではなかったんだ。



——『好きだよ』



　紫音はそう優羽に告げた。


　過去形なんかじゃない。
　駄目押しで言えば現在進行形。

　それは自分に「だから諦めなよ」と言っているようにしか聞こえなかった。


「……よかったじゃん」


　静かに笑う。