深海魚の夢~もし、君が生きていたなら~
じゃ、またな、と言ってジュリは背を向けて早々と別の客のところへと行ってしまった。
…照れ隠しみたいな去り方だ。
『俺は、嫌われ者のルカでいい』
『言わせたい奴らには言わせときゃいいんだよ』
賑やかな店の中で、彼の言葉が突き刺さるように響く。
(…"ルカ"は嫌われ者でいいけど、ジュリは嫌だって事だよね)
だから名前を使い分けてるのか、と初めて気づいた。
ステージとホストの自分は同じ"ルカ"でも意味合いが違って、本当の素の"ジュリ"を守り通しているのかもしれない、と思った。
…単なる深読みかもしれないけれど。
「…不器用なヤツ」
まるで、私みたいだ。
繕う事も面倒臭がって大雑把な振りをして、本当は誰よりも人目を気にしてる。
似た者同士だから衝突するのかもしれない。
なんだか笑えてきた。
『俺の中心はRe:tireだ』
あんなにきっぱり言うなんて、バンドの事を疎かにしているどころか、一番Re:tireを愛しているのはジュリなんじゃないか、と感じた。
(…カナタにも見習ってほしいぐらい、真剣だったな)
今のカナタは、バンドへの、音楽への愛情を忘れてしまっている気がしてならなかった。
「…いいんですか、他のお客さん」
「ハルさんが来たから観察したいんです」
…ユラくんは商売上手だ。
にこにこと爽やかな笑顔を振り撒きながらそんな風に言われたら、図に乗ってしまう。
思わず、少し値が張るワインをオーダーしてしまった。
注文を聞いたカウンターから身を乗り出したズッキーが、手でワッカを作る仕草をして、"金、大丈夫?"なんてジェスチャーをしてきたから、腕でバッテンを作った後に苦い顔でオーケーサインを伝えた。