深海魚の夢~もし、君が生きていたなら~
──カナタさんが荒れてるって、ルカがずっと心配してるんです、ハルさんと別れるんじゃないかって。
店の常連客がカナタさんと付き合っているとか言い出したから、名前を敢えて出したんですよ。
昔からのカナタの女は、タチバナハルだから、って。
耳打ちされて、絶句した。
ぱり、とクラッカーの端をかじりながら俯く。
(…アイツ)
ワルモノに、なりたがりめ。
私の知らないところで、そんなフォローを。
客の女の人と喋っている様子を遠くから見る。
私の身を本当に按じてくている人を見誤っていたかもしれない、と考えて反省する。
目を細めて息を吐くと、アルコールの香りと共にカナタへの想いも一緒に出た。
(カナタは変わっちゃったって…周りの誰もが思ってる)
カナタの書く歌詞が好きだった。
作る曲が好きだった。
前までは時間があればギターの練習や曲作りに宛てていたのに、最近ではどっかのブランドの服のがどうとか、後輩のバンドより俺らのほうが絶対いいのに、とか…自棄になっているように見える。
見栄や体裁ばかりを気にする人になってしまった。
『──音楽、頑張るから。俺にはハルだけいてくれたらいい』
…以前は、そう言ってくれていたのに。
今は、Re:tireへの想いも薄まってしまっているとわかる。
…私自身も、カナタへ不満がない訳じゃなくて。
もう一度真剣に、音楽活動をやって欲しい。
普段の彼ではなく「Re:tireのカナタ」が、私は好きなのだ。
「…自分で思ってるよりも私、Re:tireが好きなのかなぁ」
ワイングラスに映る光を纏った照明が、綺麗に映る。
私はカナタという男に盲目な訳じゃないんです、と続けた。
少し間を開けた後に小さく笑ったユラさんが、僕もRe:tireが好きですよ、とはにかむように微笑んだ。